【フィンランド視察】5日目いよいよ教育現場の視察

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都内在住の会社員Bolita(ぼりーた)のブログです。 → 自己紹介はコチラ

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ここ2週間、奈良行って、長野行って、国内旅行に勤しんでおりました。その日記も書きたいけど、フィンランドの報告が滞っており、気持ち悪いですよねー、途中で違う日記って。

はい。フィンランド視察5日目の報告行きます。

5日目・・・GWのまっただなか、5月2日(水)でした。いや〜懐かしい。もう先月のことです。ほんと日が過ぎるのが早い。

この日はヘルシンキの中心地からバスで小1時間ほどのところにある、小中一貫校(1〜9年生)に行ってきました。

どんな子供達がいるの?

広い校内には、様々な年齢の子供たちが。一番小さい子は、小学校就学前に行く「プレスクール(6歳児)」の子たち。上は15歳(中3)の子供たちが学んでいます。ここフィンラドのプレスクールは、2015年から義務化。この学校は生徒740人。先生は50人。

今の日本の学校の規模とくらべて・・・どうなんだろう。もちろん地域による。私が小学校のころだった80-90年代。1学年5クラスくらいで30名はいたので、全校生徒900名。中学は8クラスでやっぱり30名くらいで720人。合わせて1620人。フィンランドの2倍強。んー、昔の倉敷市と比べても仕方ないか。因みにフィンランドの人口は550万人。日本の20分の1ほど。

文部科学省の統計ここ

フィンランドの教育制度

プレスクール終了後、小中9年間の義務教育あり。(1年延長して10年生までやる場合あり)

とにかく「人と比べて遅い・時間がかかる」ことを悪としない。この子はじっくり理解するタイプだから時間をかけて学びましょう、とあえて留年を選ぶスタンス。社会に出て必要な知識を身につけられることが大事。1年やそこら進級が遅れても、問題とは捉えません。出来ない子の烙印も押されない。

「学ぶということの本質は何か、何のためか」を考えさせられました。

ここと比較すると、アジアではあまりに「競争」が重視されている気がします。昨日の自分より進歩することが大事であって、本来人と比べてどうか?ってことが学びの核じゃないよね、と目から鱗でした。そういうところが本当のダイバーシティの考え方だなと思います。

小中学校を卒業したら、「高校」もしくは「職業学校」のいずれか、または人により両方に進学します。いわゆるWスクール。(その代り、1年ほどは余分に卒業までかかります) すごいね。高校は3年間、職業学校も大体3年間。(高校卒業したら、大学、大学院と進学可能)このあたりの説明は後日行った職業学校の日記に書きます。

先生たちはどんな人?

日本の教員よりも先生という職業に就くのは狭き門。大学の修士の資格が必要。最もリスペクトされる職業の一つ。先生って本当に大変だと思う。リスペクトされてしかるべき。人を育てるのは長い道のりだからね。人を育てることは国を育てることと等しいと思う。

日本と同じですが、小学校6年間はひとりの先生(教育修士取得者)が全科目を教え、7年生(中1)からは、専門教科修士の先生が教科ごとの指導をします。

職員室にもお邪魔してきました!

まるでカフェ!先生たちリラックスしてる~♪

堅苦しい雰囲気は一切なく、先生同士の憩いの場でした。ここで生徒たちの情報交換をしたり、リフレッシュしたり。ある時は、先生がもってきた手作りケーキを振舞うこともあるとか。「話すためにどういう環境が必要か?」を考え抜いた結果たどり着いた癒しの空間なのね。

日本は何を重視して今の職員室のスタイルなんだろう?とふと考えました。先生たちはそこでリラックスできてるんだろうか?

そういえば職員室なんて何十年も行ってない。日本の学校の職員室って、生徒にとって「何となく入りづらい部屋の代名詞」じゃないですか?そうでないとしたら、アナタは素敵な学校に行ってたってこと!

ランダムに気づきをメモ

【授業の導線】45分ずっと座っているのは体に悪いというリサーチ結果があるそうで、動ける授業になる導線作りを意識していしました。立って勉強するコーナーが設けられていたり、小さなトランポリンが教室にあったり(笑)なんでもあり!ずっと跳ねてたいわ!

【結果にコミット】もし他人の話し声や雑音に集中できない子がいたとしたら、ヘッドフォンをして、音楽を聴きながら作業して良いんだて。マジか?!ほんと、「結果にコミットライザップ並」です。一番の成果を出すために方法はフレキシブルで良い。なんて柔軟性があるんだろう。

【合理的な考え方】例えば、授業中にバナナを食べてもオッケーです!(あたしも仕事中、バナナは食う派w)   なぜか?→ 「血糖値が下がるのはよくないから」。バナナ食べて授業に集中できるなら、食べなされってことです。もちろん、モラルの問題でがっつりご飯食べるのはダメ。蓬莱やの豚まんはどうかな??(笑)新幹線でダメだから教室でも、、、ダメか。

【ダイバーシティー】四肢が不自由な特別支援学級の子達との合同授業あり。例えばアートのクラスはみんな一緒に受けてました。いろんな人がいて当たり前、という環境を言葉じゃなくて子供のころから学べるってすごい。あとは、移民の子達のサポート体制も◎ フィンランド語の補修クラスもあり。朝の授業が始まる1時間前にフィンランド語だけ学び、皆と授業で合流。自然に違いを受け入れて、溶け込んでる。

素敵だな、、、偏見は「知らないことへの恐れ」からくるんだもんね。それを感じる前の子供時代に相手を一人の「個」として見る。そして友達になっちゃう強さ。偏見が入る隙はない。最強だ。そこに言語セラピスト、作業療法士のスタッフもいらっしゃるというプロ集団のサポート体制、人員の充実度もすごい。フィンランドで子供時代を過ごしたかったなぁ・・・・なんて。

【見放さない教育】落ちこぼれ・引きこもりを作らない。不登校寸前の子供がいたとしたら? 日本のように「しばらく様子を見ましょう」と距離を置いたりはしない。週に数回かでも学校にこさせる or 一部の単位のみ取る or 一年遅れて卒業させるor ワークショップを企画してそれだけでも顔をださせるetc.  

なんとか学校との関係を繋ぎとめる仕組み、規則正しい生活のリズムを崩させない努力をしていました。見放さない教育。ひいてはしっかり納税してくれる大人を育て、国の経済が循環するように丁寧に丁寧に育てる。人を、そして国を。川上から手を打ってるのだ。

【教育と実社会の繋がり】中学2年になったらフィンランドの生徒はみんなが経験すること。それは2週間の職業体験!学校は受け入れ側の企業と連携し、生徒を希望の職場に派遣。若い頃から「当事者意識を持って働くこと」「どんな職業に就くかを真剣に考える機会」「リアルな仕事現場を知る」が叶えられてます。

実際に就職してからのアンマッチを防げるってことですね。企業側も子供たちもwin-winな制度だと思う。日本はアルバイトをする以外で職業訓練の場ってほぼないですもんね。実家が商売やっていたら肌感覚ではわかるけど。14歳でそれが体験できる(国を挙げて!)なんてすごい制度だ。まさに学びとリアルが繋がってるフィンランド教育。

【保護者と学校とのコミュニケーション】子供が中3くらいから、進路に関心を持ち始める親御さんが増えるそう。前期と後期に保護者会があり、三者面談もある。そこは日本と同じね!懐かしいですね〜〜三者面談。何を言われたかサッパリ覚えてないなー。皆さんは覚えてるか?

学校内の様子。カラフルな絵が沢山。フィンランドではアートをとても大事な科目としておいています。いいと思う!心の栄養。

 

低学年のクラスだったかな?単語カード。あたし、一つもわからねぇなぁ。

 

これは椅子の上に置いてあったクッション。

ゆらゆらして安定しない。用途は、じっと座っているのが苦手な子に、体幹が固定されないゆらゆらのクッションを使わせて、動いて落ち着く為の小道具。画期的!! じっとしてろ!じゃなく、動いてたら落ちつけるかな?って。 みんな同じじゃなくって良いの。「その子」にあった方法なら。押しつけじゃなく、どうしたらよいかを相手の立場で考えるってこと。そこには愛があふれてる。

 

まとめ

フィンランドの小中学校を見学し、「目的」が明確で、それを叶えるための実学がこの場にはあると思いました。

それは、「幸せになるための能力を身につける」 ということ。

日本の教育も目的は同じなはずなんだけど・・・。

自分が学生だった頃を考えると、「幸せになるために数学をする、歴史を学ぶ」って誰も教えてくれなかった。自らも感じられなかった。第一希望の大学が一番偏差値低かったことを、変わってると言われたり。大学の特色や中身で選んじゃダメですか?と不思議に思いました。

今は、こんな私でも誰かを助けられるツールになった英語。でも学生時代は嫌いだった。学ぶ意味がわからなかったし、一生海外旅行するつもりなかったし(笑) 

とにかく有名な大学、そのあとに続く大手の会社にはいるための我慢大会だと思ってた授業(もちろん楽しいこともたくさんあったし、学校は好きだったけど)。 幸せになるために学ぶんだね・・・それを子供のころから知ってる子供たちのアドバンテージたるや。

学歴も肩書きも「幸せの通過点をパスするためのたくさんある道具の一つ」にしか過ぎない。でも日本では唯一の方法のように教える風潮がまだまだありませんか?最近は選択肢が増えてはきたけど、進路を決める当事者の子供たちが感じるpeer pressureって、制度や法律が変わってもなかなか変わらないもの。

改めて幸せ?ってなにかを考えると、瞬一瞬の積み重ねだと思う。

どんな道具を手に入れても、周りから完璧に見えても、本人の心が充足しているかはわからない。幸せは手に入れるものではなく、感じることだから。自分にとって大事な人や夢やコトを探して見つけて感謝して、一瞬一瞬を慈しむこと。幸せはその積み重ねでできていると思う。フィンランドの教育現場では、そんな超基本で、でも忘れていたことを思い出させてもらいました。

Kiitos(キートス:ありがとう)!

「自分にとって、幸せってなぁに?」を模索し、幼少期から言語化する。幸せ探しが得意な人たちの国、フィンランド。

そんなことを感じた1日でした。

まとまってる?!ひとまず今日はこれにておしまい。おやすみなさい。




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