確定/未確定の要素における恐れへの反応

写真:とはいえ、こんな未来はイヤだ(笑)

スケキヨになる次に恐怖なのは?

人生のライフイベントや時期、登場人物と結末が分かっている状態と、全ての情報が未知数の場合、人はどちらに「安心感/恐怖感」を抱くのだろうか?

世界一周の旅に出る決意が固められたキッカケの一つが上記の問いでした。

未確定だから怖くて一歩踏み出せない。先がわからなくて不安。誰もが抱く気持ち。でも、この気持ちと同じくらい怖くて不安に思ったことがあります。なにか?

それは「なんとなくこうなるんだろうなぁという想定内の自分のままで定年退職を迎えること」でした。

もちろん前提として、今と同じ仕事を20年続けるほうが非現実的なので、職場/職種が同じでも、なんらかの変化はあるはずです。変化がないのなら、私自身の努力不足に他なりません。

怖いのは、やろうとさえすれば出来たコトを、そのうちそのうちと先送りし、結局やらず、あちこちガタが来た体になった還暦の自分。健康面や家族の都合から、もうその夢は現実不可能になった状態。それを想像すると、どうしようもなく怖かったんです。

ダメだ。決めるなら今だ。今ならまだ間に合う。最終列車が出る前に乗り込め!そんな気持ちでした。

定年退職までいられるであろう安定した職を持つことはすべての親が望むことで、うちの両親も今の会社に正社員採用されたとき喜んでくれました。現実の今そんな恵まれた状態にいます。就職氷河期で、大学出た瞬間からフリーター確定だった22歳の自分が今の決断を知ったらやめとけ!と言うかしら。それとも、やるじゃん、私というかしら。

ゴールがなんとなくわかる道を行くことの安心感も捨てがたいけど、焦燥感や恐れも感じます。まだ私のおケツが青いから?苦労が足りないからこんなこと思うのかしら。それとも「マズローの欲求の段階」の一番上が満たせてないのかな。

人は安定したい欲求と、変わり続けたい欲求とが共存する不思議な生き物ですね。一見矛盾しているようで、「変わり続けることができる者だけが生き残れる」自然界の法則に則っている。

変わり続けて360度まわって最初に戻るもよし。未知の荒野にたどり着くもよし。どこに行き着いても、自分で決めたことだから今が一番楽しいよと笑顔でいられる人でいたい。それが後悔なく恐れなく生きられる唯一のことなんじゃないかと思います。

たまには真面目なお話を)^o^(

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